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【REBOOT小説】サーカス退職|曲芸退職エレファント

仕事は指示通りに

 たくさんの視線が自分に向けられていることがわかった。
 スポットライトの中、緊張で身体が強張る。
 大丈夫。指示通りにやればいいんだ。
 青いボールを掴み、高く投げた。
 ボールは弧を描いてカゴに入る。
 客席から子供たちの歓声が上がった。
 そう、小学生の子供たちが見に来ている。
 今日こそはミスをせず、完璧な仕事をしなければ。

「さあ、次は赤いボールを入れますよ」
 団長の背中で左手の指が3本立つ。
 3本のときは黄色いボールだ。
 掴んで投げると、ボールは先ほどと同じくカゴに入った。
 歓声に交じって、疑問の声が客席から聞こえてきた。
 なぜだろう。指示通りにやったのに。
 ミスはしてないはずだ。

「あ、あはは。ちょっと緊張してるのかな。次はバナナを食べますよ。丁寧に、自分で皮をむいてです」
 団長がポケットから赤いハンカチを取り出し振った。
 赤いハンカチのときはリンゴを食べろだ。
 箱の中からリンゴを取り出すと1口齧った。
 さっきより疑問の声が大きく聞こえる。
 えーとか、違うよーといった具合のだ。
「えー、気を取り直して次は絵を描いてもらいましょう。今度こそは大丈夫ですよ」

 団長の左手が交互にグーとパーを繰り返す。
 サッカーボールを蹴るときのサインだ。
 練習のときのようなネットの張られたゴールがない。どこに蹴ればいいんだろう。
 本番で1番やってはいけないのは固まることだ。とにかく蹴らないと。
 箱からサッカーボールを取り出し、右前脚で蹴った。
 ボールは勢いよく蹴り上げられ、前に立つ団長の後頭部に当たって跳ねた。
 子供たちが楽しそうな笑い声をあげる中、僕は自分から血の気が引いていくのがわかった。

会話にならない団長と会話のできる調教師と

「俺が出した指示通りにアイツが芸をやるよう仕込め。そういったよな」
「はい。団長」
「それなのになんだ今日の失態は!」
「すみません」
「2度とこんなことがないように徹底的に教えろ。いいな」
 団長は早歩きでテントから出て行った。怒りの籠ったかん高い靴音が遠ざかり、後には僕と調教師さんが残った。
「調教師さん、僕は教えられた通り団長の出した指示に従って芸をしました。なのになぜ団長は怒っているんでしょう。もしかして、僕が間違えてハンドサインを覚えてたんですか」
「舞台袖で見てたけどタロウ、君は間違えちゃいないよ。間違えたのは団長だ」

 調教師さんが僕の檻に腰かけた。
 彼女は入団当初からの僕の教育係だ。
 丁寧に彼女が教えてくれてたおかげで、ひと通りの芸ができるようになった。
「じゃあ調教師さんは悪くない」
「でもサーカス団のトップは団長だよ。気分の悪い思いをさせてごめんねタロウ」
 調教師さんが僕の鼻を優しく撫でる。
「僕が団長の言うことがわかって、団長も僕の言うことがわかればいいのに。調教師さんや他の皆みたいにね。そしたら、ハンドサインで芸をする必要もないし、今回みたいなことがあっても直接僕が怒られる」
「昔は団長も普通に動物と話せたんだよ。でも歳をとってから会話できなくなった。まるっきりコミュニケーションがとれなくなったんだ」
「僕と調教師さんでショーはできないの?」
 調教師さんは力なく笑った。
「素敵だね。でもできないよ。象の曲芸はうちのサーカスの花形だから。団長は誰にも譲らない」

 その晩、僕はよく眠れなかった。
 今日みたいなことが今後も続くと思うと憂鬱で仕方なかった。
 寝ようと思って目をつぶっても、頭は冴える一方だ。
 諦めて起き上がり、鉄格子の間から鼻を伸ばしパソコンの電源を入れた。
 最近眠れないといつもこうやってネットサーフィンをしている。
 くだらない動画やSNSで時間を潰す。

 昔は本を読んだり、映画を見たりするのが好きだったけど、仕事を始めてからは全然だ。最後に映画館へ行ったのがいつか思い出せない。
 本当は本も読みたいし、映画も見たいが、疲れていてページをめくったり、映画を見に行ったりする気力がないのだ。
 ネットは気力がいらないから楽だ。
 鼻先でマウスホイールを転がし大して興味のないニュース記事を流し読みしていると、ふとある広告バナーに目が止まった。
「退職代行……?」

夜の電話は退職相談

 広告バナーをクリックしてみると、退職代行EXITのサイトに飛んだ。
 どうやら退職に関する連絡を代わりにやってくれるらしい。サイトの説明に沿ってLINEで友達登録し、簡単ないくつかの情報を送信すると、すぐに返信が返ってきた。
 数分ほどLINEでやりとりをし、電話で今から話したいと伝える。
 夜も更けてきた頃で正直断られると思っていたのだが、「わかりました」とメッセージは返って来た

 こちらに電話をかけてきてくれるとのことだったので、スマホをパソコン机の上に置き、連絡を待つ。
 ショーの時のような緊張が身体を走り、このまま電源を切ってしまおうかと考えていると携帯が鳴った。慌ててマイク付ワイヤレスイヤホンを耳に押し込み、通話と大きく表示されたスマホの画面を鼻先でタップした。
「私、EXIT株式会社のダイコウと申します。タロウ様でお間違いないでしょうか」

「はい。僕がタロウです」
「この度はお問い合わせ頂きありがとうございます」
 男性か女性か判別のつかない中性的な声だが、象ではないことは確かだ。はっきりとした発声で、聞き取りやすい。
「夜にすみません。依頼する前にどうしても電話で相談がしたくて」
「かしこまりました。相談については全て無料ですのでお気軽におっしゃってください。どういったことでお悩みですか?」

「うちの人事権は全て団長が管理しているんですが、僕からすると団長の言っていることが全く意味不明なんです。入社してから1回も意思の疎通を図れた試しがありません。教育係の先輩が昔は話せていたけど、歳のせいで会話できなくなったと教えてくれました。
 とにかく団長とだけは会話をしても意味がないので、会話せずに退職したいです。」
「かしこまりました。タロウさんの退職の意向と併せて、団長さんとのやり取りはできない旨もお伝えさせて頂きます」
「ありがとうございます。あ、あと今住んでいるのが会社の管理している檻なんですけど」
「では、そちらの社宅退去についても、お電話の際に確認させて頂きます」

 本当に退職の意思を伝えるだけだと思っていたけど、他のことも伝えたり、聞いてくれたりしてくれるみたいだ。
 もちろん不安が全て解消されたわけではないが、電話する前の緊張は消え、少し落ち着いた気持ちになれた。

「タロウ様から頂いた情報を確認したところ、雇用形態についての記載がなかったのですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「あ、ごめんなさい。正社員です」
「引越し後のご住所はお決まりですか?」
「住所はまだですけど、父方の実家があるアフリカへの帰省を考えています」

退去 立会い 象 別れ

 檻を退去する日、檻の前には調教師さんがいた。
 退去するときは会社の人間との立会いが必要とダイコウさんから聞き、調教師さんなら大丈夫だと伝えてもらったのだ。
 本当は団長でさえなければ、誰でもよかったのだけど。

「目立った汚れも、破損箇所も無いね」
 僕と調教師さんの検分は終わった。
 引越し業者の従業員である黒色の猫達が荷物をトラックに詰めた後なので、檻の中がいつもより広く感じられた。

「本当に行っちゃうんだね」
 書類を書きながら調教師さんはそう呟き、慌てて顔を上げた。
「ごめん! 別に引き留めとかじゃなくて、自然とこぼしちゃったというか」
「わかってます」

 このサーカスでこれ以上は働けない。それは間違いなく僕の気持ちだ。
 だが今、この胸のうちにある寂しさも間違いなく僕の気持ちなのだ。
「はい。書類の記入は終わり。最後に―」
「言ってましたよね。僕と調教師さんでショーができたら、それは素敵なことだって」
「そんなこと話したね」
「僕は今でもそう思っています。気が向いたらアフリカに来てください。ひとりと1匹のサーカスなら、次は調教師じゃなくて団長だ」
「本気?」
 調教師さんは堪えられないとばかりに、派手に笑った。いつか見せたような力のない笑みではなくて、僕はやっと心の底から安心できた。
 調教師さんの質問には答えず、鼻先に持っていた檻の鍵を渡した。
 立会いを終え、実家への道を歩く。

 鼻をブラブラと揺らしながら、僕と彼女がショーをしている姿を思い浮かべると、また次の仕事探しも頑張れるような気がした。

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ライター:竜飛岬りんご

22歳、EXIT社員。小説、アニメ、漫画、映画、ゲームが好きです。
気づいたら自社メディアに書いた小説が載りました。
稚拙ながらこれからも頑張ります。

◎EXIT −退職代行サービス−とは?

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