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【退職代行小説】冒険退職|勇者は聞いた、仲間2人の退職理由

いつもの仕事の朝

 鶏のけたたましい鳴き声が俺を起こした。
 まだ寝ていたい欲望を打ち消すため、勢いをつけベッドから飛び出す。
 窓を開けると爽やかな朝の風が部屋に入り込んだ。屋根の上に昇り始めたばかりの太陽が顔を出し、朝日が全身に降り注ぐ。おかげですっかり目が覚めた。

「勇者様だ」
 窓の下から元気な声が聞こえ、見ると少年が俺に笑顔で手を振ってくれていた。
 恥ずかしいような嬉しいような気持で手を振り返すと、彼は満足そうに馬車や行商人の間を走り抜けて行った。

 さて、俺もそろそろ仕事に行かないとな。
 部屋中を見渡した。いたるところにさまざまな旅の道具が並んでいた。
 そのうちの1つ、枕元に立てかけていた剣を手に取る。鞘から半身分引き抜き刃の様子を確かめる。少し欠けている部分もあるがまだ大丈夫そうだ。

 俺の仕事は勇者だ。
 魔王の復活と同時に訪れた世界の危機。だから平和を取り戻す。冒険の旅を始めるには十分な理由だ。
 身体に最初の勇者の血が流れているのだから、いわば家業を継いだようなものだな。
 もちろん楽な仕事じゃない。各地に現れた恐ろしい魔物、罠だらけの危険な迷宮、魔王が送り込む刺客、世の混乱に乗じた盗賊や海賊。危険なことを数えたらきりがない。

 それでも今日までなんとか生きてこられた。俺と、2人の仲間がいたからだ。
 剣士、魔法使い。
 いくつもの死線をくぐり抜けた俺たち3人は固い絆に結ばれている。
 まだまだ道のりは遠く険しいことぐらいわかっている。でもこの3人に不可能はない。最後には魔王を打ち倒せる。その時は必ず訪れるはずだ。
 そのために、地道に1歩ずつ前へ旅を進めなれば。今日は魔物の住む森を抜け、東へ向かう予定だ。

 荷物をまとめ、部屋を出ると宿屋1階にある食堂へと階段を駆け下りた。
 いつものように朝食を食べながら道順やアイテムの確認だ。
「おはよう皆。さあ今日も冒険に出かけよう」
 そういって食堂に入る。誰もいなかった。

消えた仲間

 ふたりとも寝坊か? 珍しいな。いつもは俺が1番最後に席に着くのに。
 座って待つうちに全員揃うだろうと大して気にも留めていなかったが、いくら待っても2人は2階から降りてこない。
 そのうち宿屋の女将さんが朝食を運び込んできた。仕方ないので先に食べ始める。結局、朝食が済んでも誰ひとりとして食堂に来ることはなかった。
 さすがにこれはおかしい。旅を始めてからこんなことは1度もなかった。
 部屋に行き直接確かめた方がよさそうだ。

 2階へ上がり、まず剣士の泊まる部屋のドアを叩いて声をかけた。返事が無い。
 ノブを回すとドアは簡単に開いた。鍵をかけていない? 緊張が身体中を走り、右手は剣の柄を握った。
 中に入ると部屋に剣士はいなかった。剣士の道具も装備もない。魔物もいない。備え付けのベッドがあるだけで、もぬけの殻だ。
 確認のため魔法使いの部屋にも入ると、剣士同様空っぽだった。
 宿屋の主人から2人は先に宿を出たと聞いたときは驚いた。
 わからない。なぜ黙って出て行ったのか。いったいどこへ行ったのか。
 これは魔王の仕業なのだろうか?

 宿の部屋でひとり考えこんでいると携帯が鳴った。きっと仲間からの電話だ。
「勇者だけど、今どこにいるんだよ」
「私EXIT株式会社のダイコウと申します」

これは罠だ

 なんだ。仲間からだと思っていたがどうやら違うようだ。
「こちら勇者様の携帯電話でお間違いないでしょうか?」
「そうですけど何の用でしょうか。今ちょっと立て込んでいるんですが」
「本日は勇者様と冒険されている剣士さんと魔法使いさんの退職の件でご連絡いたしました」
 退職? 俺の仲間が?

「いったいどういうことですか?」
「弊社は退職代行EXITというサービスを運営しておりまして、ご自分で退職を申し出られない方から依頼を受け、代わりに退職の連絡をしている会社です。本日は剣士さんと魔法使いさんの退職の意向をお伝えするためにお電話いたしました」
「つまり……あなたの会社へ2人が依頼したんですか。冒険を辞めると代わりに伝えてほしいって」
「はい。その通りです」
「それで2人はどこにいるんですか。朝起きたらもう宿にはいなくて」
「それぞれの故郷へ帰ると伺っております。退職届は勇者様がお泊りになっている宿屋へ郵送するとのことですので、そちら届きましたら内容をご確認頂けますと幸いです」
「故郷へ帰る? 冒険はどうするんですか? 俺しかいないのに」
「一般論として考えますと新しいお仲間を探すか、もしくは勇者様おひとり様で続けられる、という形になるかと思われます」

 そんなの無茶苦茶だ! 仲間を今日明日ですぐに見つけるなんて無理だし、1人で魔王に挑むのはもっと無理だ。吟遊詩人がよく歌っている伝説の初代勇者以外に、ソロで魔王討伐を成し遂げた勇者なんて歴史上存在しない。

 いや、待てよ。そういうことか。
「わかったぞ。これは魔王が仕組んだことなんだ。倒さずとも、俺1人にしてしまえば無力だと考えたんだ。つまりあなたは魔王の手先だな。そうだろ」
「いえ、私は魔王の手先ではなくEXIT社の社員です。退職も私がそそのかしたのではなく、当人たちの自由意志によるものです。私はそれをお伝えするためにご連絡した次第です。退職理由も承っております」
「2人の退職理由?」

「はい。退職届に記入するとのことですが、念のため電話でも勇者様へお伝えしてほしいと」
 思わずニヤリと笑ってしまうのが自分でもわかった。でたらめな理由を話して俺を騙す魂胆だろうがそうはいかないぞ。彼らと一緒にいた時間や、乗り越えてきた困難は生半可なものではない。向こうからボロを出してくれるなら話が早い。
「じゃあ聞きますよ。退職理由。どんな理由で2人が冒険を辞めるのか気になりますからね」
「ありがとうございます。それではまず剣士さんの退職理由をお伝えいたします」

剣士の退職理由 不満の刃

 剣士は最初に俺の仲間になった男だ。
 筋骨隆々とした鍛え抜かれた身体。黒髪を頭の後ろで1本にまとめている。歳は20代の半ばほどで、いくつもの戦いを経験し常に隙を見せない。
 酒場で出会い意気投合した。死ぬ前に名をあげたいと、俺と彼は麦酒をあおりながら話をした。
 武勇に長け、腰に差した両刃のロングソードは数えきれないほどの魔物を斬り裂いた。
 敵に取り囲まれたときは背中を預けて戦った。最初の仲間ということもあって誰よりも俺は信頼していたし、彼もきっとそうだ。

 我々の関係を知らず適当な退職理由をコイツは俺に言おうという。全くなんて粗末な謀か。
「労働環境が事前に聞いていたものと違う」
 はははっ、それ見たことか。
「そんな理由で剣士が辞めるわけない。もっとましな嘘を考えてくるべきでしたね」
「剣士さん本人から聞いた退職理由です。詳細もお聞きしております」
「へー詳細ね。じゃあ教えてくださいよ。その詳細とやらを」
「かしこまりました。それでは剣士さんから送られてきた退職理由についての文章を、原文ままにお読みいたします。一部過激な表現もございますが、あくまで原文をお読みしているだけですのでご了承ください」
「いいですよ。読んでみてください」

「俺とお前の腕があればすぐ有名になれる。得意なこと、やりたいことだけやればいい。剣を振るい、敵を倒してくれ。仕事に必要な物や消耗品は自分が用意する。最初酒場でヤツはそう俺に話した。天職だと思ったね。迷うことは何もなかった。
 ところがどうだ。実際の冒険は。
 野営するときの雑務をヤツは俺に押し付けた。薪を集めてこいだの、食い物の調達で動物を狩ってこいだの。俺の剣は兎の皮を剥いで晩飯にするためのもんじゃねえ。
 戦ってりゃ生傷は絶えない。薬草や解毒薬は必需品だ。だがどちらも経費で落ちない。自己責任の範疇だから自分で負担しろとヤツは言いやがった。モンスターを目の前にしていかに切り殺すかじゃなく、自分の財布のことを考える剣士がどこにいる。
 ヤツは何もわかっちゃいない馬鹿か、とんでもない嘘つきか、あるいはその両方だ。俺とお前の腕があればすぐ有名になれる? ヤツとふたりだけの頃、敵に囲まれたことがあった。ヤツは武器を左右にブン回すばっかりで、正面にいる敵より後ろに立つ俺が斬られるところだ。その時俺は決めたよ。次また同じ状況になったらモンスターより先にまずヤツの喉笛を」
「ちょっとちょっと」

「はい」
「その、なんですか。今のが剣士の退職理由? あなたに話した?」
「正確にはLINEでお送り頂いた退職理由です」

「ああそう、LINEねLINE。いやメールでもTwitterでもなんでもいいんだけどさ」
 咳払いして、喉の調子を整える。
「誤解してほしくないんだが、俺は彼に嘘をついただとか、不当な扱いを強いたわけではなくて……」
「私はあくまで剣士さんの退職理由をお伝えしているだけです。まだ続きがあるのですがお読みしても」
「いや結構。十分わかりましたから」

 大きく深呼吸をした。
 相手は魔王の配下。さも真実であるかのようなまやかしを囁き、人間の心を乱すことは、彼らの領分だ。
 巧みに作られている。それは認めよう。
 だがこんなことで欺かれるようでは、勇者は務まらない。
 1つそれらしい嘘をつけたからといって、2つ目もそうだとは限らない。
 そもそも嘘というのは、つけばつくほどボロが出やすくなるものだ。
「それでは次に魔法使いさんの退職理由をお伝えいたします」

魔法使いの退職理由 笑顔の限界

 魔法使いはこのパーティーの紅一点。
 女性の中でもかなり細身な方だ。赤毛で肩にかからないぐらいのショートヘア。身長は仲間の中で1番小さい。
 冒険者ギルドで仲間を探していたときに声をかけた。彼女はどこか別のパーティーを抜けたばかりで、丁度新たなパーティーを探そうとしていた所だった。
 魔法使いがひとたび杖を掲げ呪文を口にすれば、空中に燃え盛る火球が出現する。放った先の魔物がどれだけ俺や剣士よりも大きかろうと関係ない。巨体は崩れ、辺りには肉の焼けた臭いだけが残る。
 彼女は無口で、あまり自己主張するタイプではなかった。だが魔法使いのコンディションは常に把握しておく必要がある。いざという時に呪文が使えなければ、敗北は必須だからだ。俺は彼女へ積極的に話しかけた。魔法使いの言葉数が増えることはなかったが、最近では話の最中に、相槌として笑みを返してくれることが、何度かあった。

 小さな笑みだが、彼女が心から俺に打ち解けてくれたことを知るには十分なものだ。
 剣士のような単純な男のそれらしい退職理由を捏造するのと、魔法使いとでは話が違う。どれだけ作り込んでも、違和感が出るはずだ。魔法使いがこんなことを考えるはずがないと。
「職場での度重なるセクハラに耐えきれない」
 いやいやいや。
「さすがにそれはありませんよ。見た目や言動が荒っぽくても、剣士は仲間に手を出すような男じゃない。セクハラなんてありえない」
「いえ、剣士さんではなく勇者様から受けたとお聞きしております」
「そんなわけないでしょう。俺が彼女にセクハラだなんて」
「ひとまず魔法使いさんから承りました詳細についてお読みいたします」

「前パーティーが突然の解散となり、困っていたところ声をかけられて入りました。加入してしばらくは、よく勇者さんに話しかけられました。私があまり喋らない人間だったので気を遣ってくれているんだなと、最初の頃はあまり気にしませんでした。
 ただ仲間になりしばらく経っても勇者さんは私にばかり話しかけてきました。1日中歩き続けた後の野営の時もです。私は疲れて早く休みたいのに彼はおかまいなしです。その頃には恋人がいるのか、好きな異性のタイプはといった、プライベートな質問をよくされました。私個人のことを仕事に持ち込みたくないと当たり触りのない言い方で伝えても、彼は意に介さず、へらへらと笑ってごまかします。
 戦闘中には腕を掴まれたり、肩を触られました。確かに死角からの攻撃を、口頭で知らせるのが間に合わない場面があるというのは知っています。でも、勇者さんのはそういうのでは全くありません。動きの遅いモンスターでも私の腕を掴んで、自分の背後に引っ張り、呪文を唱えている最中、武器を握っていない左手を肩に置いたりします。
 戦闘の後、なんで肩に手を置くのか聞いてみたことがありました。この勇者が隣にいると分かれば安心して呪文に集中できるだろ、と彼はウインクしました。鳥肌が立ちました。気持ち悪くてしょうがありませんでした。
 その後、話しかけられるのが苦痛で苦痛で仕方なかったです。極力喋りたくないけど、ほっとくと話が長引くので、最近は適当な愛想笑いでごまかすようにしていました。愛想笑いをすると、しない時より短く話が終わるものの、口をニタつかせたヤラしい笑い顔を返されます。もう限界です」

「確認なんですが」
「はい。なんでしょうか」
 顔が脂汗にまみれていると、鏡を見なくてもわかった。
 脇の下に嫌な熱気がこもっている。
「その、魔法使いはそのことを、あなた以外の人に話したかは聞いていますか?」
「いえ、聞いていません。よろしければこの電話の後に確認いたしますが」
「結構です」

 おいおいちょっと待て。あなた以外の人に話したかだって?
 そんなこと質問してはまるで、今聞いた退職理由が本当に本人のものだと、俺が認めていることになってしまうではないか。

最後の一言

「連絡事項は以上になります。何かおふたりにお伝えする必要のあるご伝言等はございますか?」
 2人への伝言。
 今まで3人で乗り越えてきた冒険の日々が、頭の中を駆け抜けていく。
 そうした記憶から伝えるべきことを俺は手繰り寄せた。
「社員証を返却してもらうように伝えてもらえますか」
「かしこまりました」

 数日後、宿に2人の退職届が届いた。
 電話で聞いた退職理由と同じ文章が退職届には書かれていた。

 社員証もちゃんと届いた。

冒険退職 勇者転職

 こうして俺のパーティーは潰れた。
 俺は宿屋の主人に頭を下げて頼み込み、給仕として働くことになった。
 配膳、皿洗い、客が出て行った後の部屋掃除、材料の注文。
 かなり忙しくキツい仕事だけど主人も女将さんも優しくいい人で、冒険で培った体力もありなんとか続けることができた。給料も悪くない。
 仕事にも慣れ始めたある日、宿の裏口で注文していた材料の荷降ろしをしていると誰かに服の裾を引っ張られた。
「なにしてるの勇者様」
 振り返ると棒切れを持った少年が立っていた。あの日の朝、俺に手を振ってくれた子だ。

「俺はもう勇者じゃないよ。今はこの宿で働いてるんだ」
「え、勇者様が勇者じゃないならじゃあ誰が魔王を倒すの?」
 地面にポロリと落ちてしまいそうなぐらい大きく目を見開いて彼は驚いた。俺は笑いながら彼の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。他の勇者がいるから」
「勇者様以外にも勇者の血を引く人がいるの?」
「昔は勇者の血縁者なんて数えられるほどしかいなかったし、結婚する相手は王様の親族やそれに相当する高貴な一族と決まってた。でも勇者の血を引いてても人間は人間だ。浮気して隠し子を作ったり、立ち寄った村の住人に一目惚れすることもある。そうこうしているうちに勇者の血縁者は増え、今じゃそこら中に血を引く者がいる。俺が働く宿屋の女将さんも勇者の血縁者だ」
「そうなの?」
「お前だってそうかもしれないぞ。帰ったら親に聞いてみろ」

「僕もそうなの? じゃあ僕も勇者になれるんだ! やったー!」
 勇者だ勇者だと飛び回りながら少年ははしゃいだ。あまり仕事をサボっていては悪いので荷降ろしを再開する。
「勇者様はもう勇者をやらないの?」
 そのままどこかに行くかと思ったのだが、どうやら気に入られてしまったようだ。
「最近はどこも人手不足だし、不景気で皆大手勇者志向だ。もう勇者は引退するよ」
「じゃあね。勇者は僕が代わりになるよ。勇者様の分まで立派な勇者になる」
 小麦の詰まった荷袋を担ぎ上げながら俺はまた笑った。
「じゃあ未来の勇者様、仲間と冒険するうえで大事なことはなんだと思う?」
「えーとね、立ち向かう勇気と……モンスターをやっつける強さ!」
 棒切れを掲げ少年は答えた。
「確かにな。だがもっと大切なことがあるぞ」
 両肩に小麦を乗せながら俺は小さな勇者の方を向いて言った。
「福利厚生とコミュニケーションだ」

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

ライター:竜飛岬りんご

22歳、EXIT社員。小説、アニメ、漫画、映画、ゲームが好きです。
気づいたら自社メディアに書いた小説が載りました。
稚拙ながらこれからも頑張ります。

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